autobiography #4 青春の汗と泥のことなど

  当時、私は自室へ帰れない日が続いていた。組織(仮称・虎の穴)の襲撃を恐れていたのである。組織の最末端シンパ同然であった私は友人二名(仮称ハッピー、オットー)と語らって新団体(仮称・維新軍団)を旗揚げした。当初、私達を下部組織同然に見なしていた虎の穴は維新軍団の独自路線を見てとるや、「腐敗・堕落・屈伏」の罵倒と恫喝を加えていたのである。襲撃を恐れた私は比較的安全なハッピーのところに転がりこんでいた。

  カシャカシャカシャ、プリンターが苦しげにビラを吐き出す。午前2時。維新軍団アジト。先程つくりあげた原稿がまっさらなアジビラになってゆく。刷りあがりしだいバラマキにいく予定である。が、ハッピーが戻ってこない。小一時間ほど前に小腹がすいたといって部屋にヘタパンを喰いに戻ったままである。(註 :ヘタパン: パンのミミ、一斤の両端の茶色いヘタのこと。当時の我々の主食である。時価30枚/10円ほど、運がよければ無料で貰える。)私とオットーの表情が曇る。ヤラれたのか?カシャ、カシャ、カシャ、重苦しくプリンターが呻く。

  「見てくる。」オットーが呟く。そしてオットーはいった。

  カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。

  そしてオットーも帰っては来なかった。いよいよ私の番だ。彼等を待ち受けていた運命、それは私の運命でもある。

  ハッピーの部屋に着いた。異臭がする。毒ガスか?とりあえず、ドアを開けるとコタツにハッピーが、その脇にはオットーが倒れている。救出せねば。息を止め、部屋にわけいりコタツからハッピーを引き出そうとするが、意識が遠のいていく。何故か私はお花畑にいる。小川の向こうから一昨年死んだはずの祖父が微笑みながら、しかしこっちへは来るなという。…………………………………。


  おわってみれば真実とはあっけないほどにシンプルである。ハッピーの部屋のコタツから検出されたのは私の靴下であった。ただし、一週間の連続使用のため青春の汗と泥を一身に吸収したクツシタは細菌類はもちろん、菌類あまつさえ地衣類までも、幾多の生命を宿していたのであった。その生命活動の証左はしかしコタツの強力な照明のなかでその香気を一気に放出、コタツ内に充満していたのであった。そうとは知らぬハッピーは何も考えずにコタツに入ってヘタパンを喰おうとしたため、コタツ布団を持ちあげた瞬間に悶絶。助けに来たオットーもハッピーをコタツから引き抜こうとして毒ガスの直撃を受けたのである。

  これが維新軍団全滅事件の顛末である。

  教訓
友達の部屋のコタツに靴下を脱ぎっぱなしにしてはいけない。


  今わたしはコタツに入って、ThinkPadでこの駄文をものしながら、足先に妙な感覚を覚えている。この布切れはどうやらクツシタ。だが妙に湿っているような気がする。

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