はげましのお声、ないしは罵詈雑言ありあり版
1635
おなまえ
U子
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メッセージ
了解しました。それでは、唯一知るところである私のケースについて話すしかありませんね。
> どういう事件があって、
幼少地から高校卒業までの間、実母に精神的・肉体的虐待を、実兄に性的虐待を受けました。
その結果、境界性パーソナリティ障害に至りました。
> その被害者がどういう復讐を望んでいて、
彼等が私の苦痛以上の苦痛を受け、私の恨みを思い知ることを望みました。
> その復讐は被害者にとって、どういうメリットとデメリットをもっていて、
メリットは、自己満足です。
デメリットは、実行不可能だったので存在しません。
> 加害者はそれに対してどういう態度をとっていて、
「それ」が指すのが「自分の行なった行為」なら、告発されても無視し続けました。
「復讐」を指すのなら、なされなかったので何の態度も取り得ません。
また、母親はカウンセリング開始前に死去しました。
> 関係性の打破とはいったいどういう行動をおこして、
私に残された心的外傷を回復する為の心理療法を行なっています。
> その結果として、被害者の社会的精神的状況がどう変化し、
まだ、心理療法が完結していない為、「結果」としての変化はみられません。
ただし、「過程」として心的外傷が徐々に回復しつつあります。
> 加害者のそれがどう変化するのか
母親は死んでいるので変化のしようがありません。
兄に対しては、接触を絶つという手段を取ったので、直接の変化はありません。
では、ご検討なさってください。
日付Sun Apr 1 20:19:12 2007
1634
おなまえ
micmic
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メッセージ
リアリティーではなくて、具体性のほうがないとアタマ悪いmicmicには、
ケースバイケースではなしが終わってしまう、ということです。
わたしのほうに一般化可能なだけの事例があればよいのですが。
日付Sun Apr 1 20:11:20 2007
1633
おなまえ
micmic
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メッセージ
この手のはなしは一般化を焦ると大抵よくわからないはなしになります。
仮定ではなく現実のケースに則して、検討をすすめなければ収拾がつかないように感じます。もちろん、現実のケースの検討においていくらかの想定・仮定は必要かと思いますが。
日付Sun Apr 1 20:03:10 2007
1632
おなまえ
U子
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メッセージ
私自身の表現力の不足もあってmicmic様にご理解いただけるようには説明できないかと思います。ひとりよがりな引用でお目汚しになったことをお許しください。
でも試みに、私が想像した内容を述べてみます。あくまで私の想像であって、筆者の意図と食い違う可能性が大きいことをご了承くださいませ。
> どういう事件があって、
それこそ千差万別な事例が想定できますね。ただ、レイプ/セクハラ/DV/児童虐待などのケースが多いことは予想されます。
> その被害者がどういう復讐を望んでいて、
これもケースバイケースですね。「相手を殺してやりたい」というものから「裁判で決着をつけたい(が、現行制度ではデメリットが多すぎて不可能)」、「謝罪の言葉を口にして欲しい」etc, etc....
> その復讐は被害者にとって、どういうメリットとデメリットをもっていて、
メリットとしては「相手を自分と同じ土俵にまで引きずり落とした」という満足感が想定できます。
デメリットとしては「自分の傷を癒す役には立たない」ことと、復讐を果たす為に必要な金銭的/社会的(例:殺人犯として告発されるとか)/精神的(例:徒労感とか)な損失でしょう。
> 加害者はそれに対してどういう態度をとっていて、
恐らく、加害者の側は自分の非を認めないでしょうね、きっと。
> 関係性の打破とはいったいどういう行動をおこして、
> その結果として、被害者の社会的精神的状況がどう変化し、
なにかしらの事件(とか)の被害を受けてカウンセリングを受けるような人は、最初は殆ど例外なく、加害者に対しての「ルサンチマン」を持っているのではないかと思うのです。
それが、カウンセリングの過程で「ルサンチマン」を放棄し、「他人が被害者の立場に立つということを受け入れる」ように変化していくことを指しているのではないでしょうか。
その過程のなかで、被害者は加害者によって奪われた自分の尊厳を取り戻し、起こった事件を「災難」ではなく「試練」としてとらえなおしていくのではないか、と。
> 加害者のそれがどう変化するのか
カウンセリングの場に関わらない限り、加害者の側が変化を自覚することはないでしょうね。
「被害者側の変化が加害者に影響を及ぼす」という間接的な形を取ることになるのでしょう。
....リアリティに欠けていますでしょうか?
日付Sun Apr 1 18:30:06 2007
1631
おなまえ
micmic
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メッセージ
すいませんが、よくわからない、というのが感想です。つまり、いったいこの話は、抽象化する以前に、
どういう事件があって、
その被害者がどういう復讐を望んでいて、
その復讐は被害者にとって、どういうメリットとデメリットをもっていて、
加害者はそれに対してどういう態度をとっていて、
関係性の打破とはいったいどういう行動をおこして、
その結果として、被害者の社会的精神的状況がどう変化し、
加害者のそれがどう変化するのか
私にはまるでわからないです。
でも、この言葉が、U子さんを勇気づけていることだけは、よくわかりました。
その被害者が、他人が被害者の立場に立つということを受け入れる被害者で本当によかったですね。
日付Sun Apr 1 16:51:26 2007
1630
おなまえ
U子
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メッセージ
ところで、いきなり話題を飛ばしちゃいます、ごめんなさい m(__)m
おっとせい様のところの「ファシズム」論議で、
「『ファシズムを推し進める立場』に立ってしまわない為に、心に留めておきたいこと」
について書きたかったことがあったのですが、うっかり書き落としてしまいました。
いったんオチがついた談義を「引用だけ」の為に今さら蒸し返すのも何ですので、こちらに書いてしまう非礼をお許しください。
# おっとせい様、こちらもお読みですよね?
例によって、かかりつけカウンセラー氏のBBSからなんですが、私が言いたいことを代弁してくれるような台詞があったので、引用させてくださいませ。
---- 引用:ここから ---------------------
また、「被害者の立場に立つ」とはどういうことなんでしょうか。〜それは被害者とともに、加害者に復讐することなのか。その場合、被害者が今度は加害者になってしまうことは肯定するのか。そしてそれは被害者自身の癒しに役立つのか。それとも復讐を制止することなのか。ならば、それはどういう立場でなのか。常識や規範の名によってなのか。また、どの程度の復讐なら共に戦い、どの程度の復讐ならそれを制止するのか。いや、ひょっとしてむしろ、加害者に復讐することよりも、被害者−加害者の関係を変革すること、個々の人間でなくこの関係性自体を打破してゆくことの方が、被害者の立場に立つ本来のあり方に近いのではないか。・・・こういったことなどが、もっと深く掘り下げて考えられるべきだと思うのです。
そうすると、両方の立場は、あんがい深いところでは通底しあっているのがわかってきます。
ボク自身も、セラピストはつねに被害者の立場にたつべきという考えです。でもそれは、根源的な意味で、加害者の立場にたつことでもあると思うのです。加害者もある意味で被害者である、からだけではありません。被害者が被害者である苦痛からのがれるのを援助することは、単に加害者を打倒して終わるのでなく、被害−加害関係という関係性そのものを、打破してゆくのを援助することだからです。それは、加害者が加害者である苦痛からのがれるのを援助することでもあります。
そのために何ができるか。セラピーに社会的意義があるとしたら、このこと以外にあるでしょうか。そして、関係性を変えることこそ、まさに社会を変えることです。なぜなら社会とは、関係性の束なのだから・・・。逆に、加害者を抹殺したとしても、社会は少しも変わりません。その意味でボクは、「社会的な問題と関わるのは、精神療法家の仕事ではない」とは思ってません。
いいかえれば、このとき「中立」の意味もちがってきます。それはもはや、現状の被害−加害関係をそのまま前提にしたうえで、被害者の立場にも加害者の立場にも立たないことではありません(それはつねに加害者の側に立つ詐術です)。そうではなく、被害−加害関係そのものを打破してゆくことで、被害者の立場も加害者の立場さえをも解放してゆこうという姿勢を意味しはじめるでしょう。
---- 引用:ここまで ---------------------
彼も、かなりにオッチョコチョイなところがある「人間的な」ヒトですが、こんなヒトと一緒にカウンセリングを進めていける私はラッキーだと思っています。
日付Sun Apr 1 12:36:55 2007
1629
おなまえ
U子
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メッセージ
> わたしは、ライトノベルというジャンルを認知していなかったので、作家や作風の違い以外に例えばこれと「雀」とか「高瀬舟」との差がよくわからないのでした。
そうか!「ジャンル」の区分けは「ラベリング」、ひいては「ジャンル単位での蔑視」につながり兼ねないのですね!
危ない危ない、気付かずに陥穽に落ちこむところでした。ご指摘感謝です。
一般的に「ラノベ」の定義は
「娯楽性を最前面に押し出し、その他の要素は二の次であるようなティーンエージャ向けの本」
と言えるでしょう。しかし、実際には、
「ラノベとは、ラノベ専門のレーベル(例:『電撃文庫』『ホワイトハート』等)から出版されている本である」
という、同義反復的な定義で理解されているようです。
ですので
「本来ラノベだった『十二国記』が新潮文庫に入ることで文学として認知された」
だの
「西尾維新はミステリ作家としてデビューしたが、結局ラノベ作家に落ち付きそうだ」
だのって言葉が飛び交っちゃう訳です。
で、「世界観の整合性なんかどうだって構わない!話の流れに『ドキドキワクワク』できれば何でもOK♪」なんて思ってる私も、やっぱりお子ちゃまなのでした(^^ゞ。
日付Sun Apr 1 12:36:18 2007
1628
おなまえ
micmic
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メッセージ
ところで、ビックリをお読みくださってありがとうございます。
あれは私にとっては誰かにちょっと話したいが、手近に話す相手のないネタをほうりこんだもので、言わば「裏山の穴」でありまして、穴を掘(ほ)りては言ひ入れたといういうわけでして、その、
おぼしき事言はぬは腹ふくるるわざというやつであります。
お楽しみいただければ、これに優る幸福はございません。
日付Sat Mar 31 21:15:08 2007
1627
おなまえ
micmic
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メッセージ
わたしは、ライトノベルというジャンルを認知していなかったので、作家や作風の違い以外に例えばこれと「雀」とか「高瀬舟」との差がよくわからないのでした。
じつは「ラノベ」という言葉は今回検索して初めて知りました。ただ、表紙がちょっとアレなので、何となくカウンターにもっていくのが恥ずかしいような気もします。
この手は昔はジュブナイルとかいったのだけれども、まあ、装丁以外に有意な差がわかりません。実は児童書とかいまだに真剣に読んじゃうほうだったりします。
とはいえ、アニメは好きだが、テレビドラマは苦手、映画に関して「色気がある」とか「ない」とか言われても何のことだかわからない。作品世界、設定の検討、登場人物の分析は楽しいが、「感情移入」と呼ばれる憑依行為に何如なる楽しみも見いだせない、というところを総合した結果、ようするにわたしは「お子ちゃま」である、という結論に達しています。しかし、所詮お楽しみなんだから、「お子ちゃま」であって何も困らないことに気付きました。
日付Sat Mar 31 20:54:40 2007
1626
おなまえ
U子
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メッセージ
「あらビックリ! Ay ya」は、何日もかけてゆっくりまったりじっくりと楽しみながら読ませて頂いております。
まだ未読が多いのですが、森岡浩之と小野不由美の名をみかけてそれこそビックリ!ラノベをお好みとは存じ上げませんでした。
ラノベではありませんが、「夢の樹が接げたなら」は泣けました。
「十二国記」は一通り買って読んだんですが、今一つお説教臭さが気になってハマれませんでしたっけ。
「鬼籍通覧」シリーズ、文庫ではラノベ扱いになったんですね。
上遠野浩平は惰性で買い続けております。
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」版元絶版ですが、実はホワイトハートだったんですよね....
切りがないので、ここらで止めておきます。
日付Sat Mar 31 12:34:43 2007
1625
おなまえ
U子
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メッセージ
またやりました。1624は私です。
日付Fri Mar 30 11:18:39 2007
1624
おなまえ
名無しの権兵衛
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メッセージ
いや全くその通り。生命第一であります(自戒をこめて(苦笑))。
マツナガの正確な台詞を思い出しました。
「『山は逃げない』っていうけど、でも『山は逃げる』んだよね」
でも、たとえ大切なチャンスを逃がしても、涙を呑まなきゃ行けないことがある、って話でした。
実は私、雪山って歩いたことがないのです。低い山で凍っていなければ、十二分に安全とのこと。今年こそは!っと思っていたのに、未曾有の暖冬で機会を逃してしまいました。
昔っから北海道に住むのが夢だったんですよね〜。いざ住んでみれば、大変なこと、うんざりすることなど、笑い事では済まないんでしょうが。
日付Fri Mar 30 11:18:01 2007
1623
おなまえ
micmic
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メッセージ
すいません。ヒネクレ者なので、
>>登りたいと思ったその時に登らなきゃダメよ、
でも、低気圧が近付いてたら延期してね。
でも、経路のコンディションが悪ければ延期してね。
でも、装備が不足していたら延期してね。
でも、自分自身の準備が不十分なら延期してね。
と思うmicmicでした。強行日程でレクリエーションに臨んで遭難しちゃうんだよ。
それというのもスペアの日程がとれないタイトな生活をしているせいであるね。
単に本人の判断が甘いというだけのハナシではないように思うのよ。
日付Fri Mar 30 09:58:34 2007
1622
おなまえ
U子
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メッセージ
マツナガ曰く。
「(無理して昇らなくても)『山は待っていてくれる』って言われるけど嘘だね。
『山は待っていてくれない』んだよ」
だから、登りたいと思ったその時に登らなきゃダメよ、というお話でした。
通底してますね。
日付Thu Mar 29 22:52:40 2007
1621
おなまえ
micmic
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メッセージ
>>何でこんな面白い本、学生時代に読んでおかなかったのかしら。
こういうのはだいたい決まっておりまして、
「今読むため」です。
本というのは読むべき時機が来ないと読めないものであります。
日付Thu Mar 29 22:19:55 2007