はげましのお声、ないしは罵詈雑言ありあり版
1620
おなまえ
U子
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メッセージ
木村敏「関係としての自己」所収の「西田哲学と精神病理学」読了。
おかげで、やっと、この1週間のドタバタの構図が理解できました。
以下に図解してみますね♪
西田幾太郎
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木村敏………西谷啓治・上田閑照
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/ \ micmic
/ \ /
/ \ /
カウンセラー ―→☆←― U子
あとで、口頭でカウンセラー氏にも説明しておきますね。
この間、「巻を置くあたわず」という読書体験が続いております。
何でこんな面白い本、学生時代に読んでおかなかったのかしら。
その意味でも、療養期間が持てたことに感謝しています♪
日付Thu Mar 29 08:10:22 2007
1619
おなまえ
U子
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ごめんなさい、1618はリンクミスでした m(__)m
正しい「人力ルパン」はこちらです。
日付Wed Mar 28 19:35:51 2007
1618
おなまえ
U子
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愛と正義のパタパタ舞....「人力ルパン」を思い起こさせますね♪
キータッチが荒い人ほど臨場感があるあたりも。
> 日常の会話などがもっとも苦手。
「『苦手』と『達者』とは独立している」ってことが、とっても良く理解できました。
家主様もご苦労なさってらっしゃるんですね〜(しみじみ)。
# 「も」が指す相手は私です(^^ゞ
日付Wed Mar 28 19:30:04 2007
1617
おなまえ
micmic
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メッセージ
>>15年以上も前のNIFTYでのチャット
わたしがパソコンを初めて買ったのは1995年なので、28.8kbpsのモデムを使い、バッチ処理でテレホーダイ時刻に巡回・投稿させるという時代になっていました。できあいの巡回プログラムなんかが転がっててね。夕方に読んで、記事を書いて、投稿するのは夜中に眠っている間。でも、パソコンで話す内容以上にパソコンが動くこと自体が楽しかったんですね。ちょうど、テレビの番組以上にテレビが映ること自体が面白いとか、写真を並べて動くように見えること自体が楽しいとか。アニメは好きだけれど、絵や人形や土塊が生命をもつところが楽しいので、可愛い女の子のキャラとかには、ほとんど興味がわきません。
というわけで、未だに自分が四年前に書いたevil # 005 愛と正義のパタパタ舞なんぞで遊んでしまいます。
おかげで、書く時間と実際に投稿する時間を空けるクセがつきました。亀レスぐせもついてしまいました。
そんなわけで、未だにチャットとか同時性のものはダメだったりします。全然ついていけない。
だから、直接対話となると、何をどれから話していいか、わからなくなってしまうのでした。予め話すべきことがきまっていればいいのですが、日常の会話などがもっとも苦手。
日付Wed Mar 28 19:11:06 2007
1616
おなまえ
U子
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またやっちゃった。1615は私です。
日付Tue Mar 27 23:29:10 2007
1615
おなまえ
名無しの権兵衛
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メッセージ
> それは良うございました。あんまり反動で盛り上がりすぎるとアトが怖いですが、人生楽しんでナンボという気がします。
鬱の発作はニ度目なので、だいたい自分がどのような経過をたどるか判るようになりました。「底付き」してからしばらくした頃に、何かしら爆笑できる事件が起きる。そうなると、あとは回復の一途のようです♪。前回のトリガは「少林サッカー」でしたっけ。
> 感情は人の内部ではなくて、外部にあったのですから。いや正確には内部から外部にかけて、霧のように茫漠として存在していることを端的に証明しちゃったんだから。
そうか....哲学している人が言葉にすると、このように含蓄が深くなる訳ですね。
哲学していない私は、ホント白紙状態なので、このような言葉を聞くと無前提・無批判に納得・感動してしまいます。
私のイメージは、もう15年以上も前のNIFTYでのチャットですね。ヘビー・チャッターが深夜に集中、眠気で朦朧としながら夜明けまで、殆どサルのようにキーを叩きつづける。ワープロを生業としている人などキータッチがあまりに早く、システム上であたかも未来にタイムリープしてるように表示されたり。そこに「人工無能」プログラムを持ちこむ人がいて、そりゃもう大変だったことを懐かしく思い出します。
日付Tue Mar 27 22:55:53 2007
1614
おなまえ
micmic
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メッセージ
それは良うございました。あんまり反動で盛り上がりすぎるとアトが怖いですが、人生楽しんでナンボという気がします。
もっとも、うら若い少年・少女の場合、メ一杯落ち込むという楽しみかたがあったりするからハナシはややこしいのですが。
この手の相談者のほうが勝手に意味を賦与して、勝手に深い意味を作るプログラムという発想はやっぱりELIZAがぼくらに教えてくれたことだと思います。もちろん、イライザより前から、トランプで、タロットで、亀の甲で、鹿の角で、とっくに僕等のご先祖さまはお楽しみであったわけなのですが。
でも、はじめてELIZAのはなしを聞いたときの衝撃は忘れがたいです。感情は人の内部ではなくて、外部にあったのですから。いや正確には内部から外部にかけて、霧のように茫漠として存在していることを端的に証明しちゃったんだから。
日付Tue Mar 27 21:03:54 2007
1613
おなまえ
U子
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メッセージ
タロットのお告げに導かれ、やっと鬱の急性症状に加え、カウンセラーに対する過度の依存からも脱出することができました。
今後は、もっと現実的で内実のあるカウンセリングをおこなっていけそうです。
これもmicmic様と、長い対話にもキレずに応えてくれたカウンセラー氏と、(タロットに象徴される)なにやら人知を超えた力(笑)のおかげでございます。
感謝の印として、皆様に「ひぐらしのなく頃に」の人気BGM「You」と「Thanks」をお贈りします....って、こちらの掲示板にはファイル添付機能はないのでした。
「テキスト大好き/ウィルス怖い」の私には、これも有難いことでは御座います。
マツナガに件のBBSを読ませたところ、感想は
「まあ、『不立文字』とか言ってる禅の関係者たちも、多くの解説書を出してるからなあ」
との一言でした。そんなものですね♪
日付Tue Mar 27 12:00:48 2007
1612
おなまえ
micmic
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メッセージ
これはどうも恐悦至極でございます。しかし、経験がどうのとか、開かれてあることがどうのといった話題を話せる場所は限られていますから、カウンセラーさんのところにも気が向けば相談すればよいと思います。
本でしか読まない人とか、すごく立派な人のように思えたりもするけれど、ようするに世の中にいるのはちょっとステキなところもあり、ダメダメなところもありといったフツウの人々なわけで、みんな凡人なのよねえ。
ただ、経験とか、場所とか、開かれてあることとか、西田哲学とかハイデッガーとかドンピシャだったものだからついつい私も学生時代の気分になりました。
なお、プログラムのソースはこちら
PC-Blues # 028 ウナズキ型悩み相談プログラムと
こちらに置いてあります。
PC-Blues # 029 恥の上塗り、もしくはばかCGIの展示場
GPLもへちまもどうしようもない素人ハックでございます。もうちょっと賢いコーディングとかバグとりとかあれば、ご教示ください。
日付Mon Mar 26 19:14:18 2007
1611
おなまえ
U子
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メッセージ
なんだかカウンセリングを受け続ける意欲が無くなっちゃったんで、止めようかどうしようか、誰に相談しようかと迷った挙句、「なんでも相談プログラム」と「ようこそタロットの迷宮へ」にお伺いを立てました。
いやぁ、天才的ですねぇ!! >micmic様
何故、このようなシステムで気が晴れるのでしょう。素晴らしい!
日付Mon Mar 26 00:47:55 2007
1610
おなまえ
micmic
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メッセージ
わはは、西田研究室は、西田幾太郎……西谷啓治……上田閑照といったところがまあ、エラい人なのでした。というわけで、宗教学なんですね。
鰯の頭から、禅にグノーシスまで同列に扱ってしまう実に不信心な学問なのでした。
日付Sun Mar 25 22:52:29 2007
1609
おなまえ
U子
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メッセージ
> カウンセラー氏のBBSにも書いたけれど、発端となったカウンセリングでのやりとりには、一切「経験と観念を分割する」というニュアンスは「なかった」のでした。
弁解不用と判ったので、上記発言はサッパリと削除しちゃいました。えへ♪
日付Sun Mar 25 22:31:51 2007
1608
おなまえ
U子
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メッセージ
> その場合、「いま」というコトバにも「ここ」というコトバにも適切な意味を与え損ってはいないかい。だったら、「いま」というコトバや「ここ」というコトバ使う必要がどこにあるのかサッパリわからん、というのがわたしの感想なのでした。
ひょえ〜〜〜!説得力ありまくりぃ!!
しかし、そこで件のコトバを発した御仁から「苦渋の選択」とか「力不足」とか言われると、ついほだされてしまうあたりが相変わらずヘタレな私なのでした。ボイス付きだったりしたんで、なお強力。
でも、フルボイスのPS2版より、ボイス無しの原作PC版の方が「ネ申」なのは「ひぐらしのなく頃に」。(くどいぞ >自分)
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> ところで、人間は全くのランダムからでもいろんなメッセージを受けとるもんだなあ、と思ったのは、
> でもいいの哲学的な悩みというやつは、直接的に明晰な解答が与えられることではなくて、そんなことは自明のことになるか、そんなことはどうでもよくなることによって解決する、ということになっているのでした。
前述の京極夏彦「ルー=ガルー」に、上記2題を地で行っているかのような名シーンがございます。あまりに長すぎるので、涙を呑んで引用は省略。私にとっては京極のなかでいちばん好きな本なのですが、同好の氏なんて皆無でしょうね~(苦笑)。一応、「近未来SF」の体裁を取ってはいますが、SFとしては陳腐に過ぎるので、ひとみ様にお勧めするにも抵抗がございます。
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>ただのランダムだよ、と明記してあるのに、開設から五年、いまだにアクセスがあるんです。
だぁ〜っ!そうやって、アクセス数をまた増やしましたね(笑)。
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> あなたは正しいの。
実は、今日ひとつ大きな間違いを犯してしまいました。神よ許し給え。
カウンセラー氏に、博学なmicmic氏の出自を問われ「確か中国哲学専攻....」と答えてしまったのです。
そう、つまり、うっかり、おトミさんの専攻と混同してしまったのでした。
# そういえば、おトミさん元気で暮してるかな〜(遠い目)。
で、「中哲でウィトゲンシュタイン!?」と困惑されちゃった、と(苦笑)。
ま、誰に迷惑かかる訳でもないから良しと♪
日付Sun Mar 25 22:16:24 2007
1607
おなまえ
micmic
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メッセージ
はるかな過去の声にも耳を傾け、遠い未来に向けても言葉を発するとき、遠い過去や、未来も「いま」の外延のうちとなる。はるか遠いところにまでも声を届けて、メッセージを受けとるとき、はるかな遠くもまた「ここ」となる。
よろしい。状況次第で全てが「いま・ここ」である。そうだとしよう。受け取りかた一つであらゆるところが、「いま」で「ここ」というわけだ。
その場合、「いま」というコトバにも「ここ」というコトバにも適切な意味を与え損ってはいないかい。だったら、「いま」というコトバや「ここ」というコトバ使う必要がどこにあるのかサッパリわからん、というのがわたしの感想なのでした。
ところで、この種の理解については、
完全な理解
リアルということ
にかつて書きました。
ところで、人間は全くのランダムからでもいろんなメッセージを受けとるもんだなあ、と思ったのは、
なんでも相談プログラム
ようこそタロットの迷宮へ
です。ただのランダムだよ、と明記してあるのに、開設から五年、いまだにアクセスがあるんです。
日付Sun Mar 25 21:08:20 2007
1606
おなまえ
micmic
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メッセージ
すいません。ハズレです。直接の射程は
>>「今・ここ」は、言語や意識で接近しようとするよりも、身体でただ開かれてあるのがいちばんと思いますよ。そこに観念と経験のちがいがあるのです。観念と経験が似たものに見えるのは、ともに素朴な客観と対立するという、ただ一点のせいではないかと思います。
でした。
でもいいの哲学的な悩みというやつは、直接的に明晰な解答が与えられることではなくて、そんなことは自明のことになるか、そんなことはどうでもよくなることによって解決する、ということになっているのでした。
パップラドンカルメをもちだしたのは、『「言語では表現できない」という言語』によってのみ存在するものの例です。言語で表象できないなら、視覚的か、聴覚的か、触覚的か、味覚的か、言語以外の何かの形で表象可能でなければならない。いかなる方法でも表象不能なら、それに関し「ある」とか「ない」とかいうこと自体がナンセンスなわけ。
ただし、そのナンセンスが生活を支えることもあるから、その場合はただ沈黙して、それとともに生きればよいわけですね。
というわけで、U子さんは「御免なさい」というべきいかなる理由もないのです。
あなたは正しいの。
日付Sun Mar 25 20:40:08 2007