autobiography # 020 三題噺

コペルニクス的転回

  なぜ女の人は初対面の相手には悪印象をいだくのであろうとは子供のころからの疑問であった。結局は生涯の伴侶となるべき相手にも、劇的な悲恋の相手にも、破局そしてタラへ帰ろう、トゥモロウイズアナザデイの人の場合にも第一印象は必ずや悪い。それに何より体験的事実がこれを証明している。小中高と初対面の女子の人が私に好意をいだくことはけっしてなかったのである。

  ところが後年これを覆す経験をもつことになった。すなわち、面接試験の類を受けると必ずといっていいほど落ちるのである。どんな試験でも落ちるのかというと、筆記や実技試験のほうはそうでもない、というよりどっちかというとよく通るのだが、面接となるとどうもいけない。しかもこれは面接官の性別にかかわらないのである。教員採用試験の二次面接にいたってははじめからいきなりわたしのような「自由」な経歴の持ち主は組織には向かぬとえんえん時間中お説教をいただく始末であった。「自由」な経歴たって、大学卒業時に就職のタイミングを逸っしてしまい、学生時代以来の学習塾のバイトでそのままメシ食ってたというだけなんだがな。

  ともかく、これによってこれを鑑みるに女の人や、それ以外の人が一般に他人に対し悪い第一印象をもつのではなく、わたしという特定個人が不特定多数の人間に極めて悪い第一印象を与えるのであろう、という仮説の成立をみることとなった。かくして長年のナゾが氷解したのであった。

海外雄飛

  たしかに「自由」といえば「自由」である。我々が子供のころに人生ゲームとか生涯プランと呼んだもの、すなわち、高校出て、大学出て、1.5流くらいの企業の会社員になって停年まで勤めあげて晴れて楽隠居の身分となり年金貰って、ネコを抱っこしながら俳句ヒネって、孫に小遣いやって、というヤツからはとっくにドロップしてはいる。

  そのかわり、会社が倒産したり、リストラされてマイホームローンをかかえて、生涯設計が崩壊して青ざめるということはない。最初から生涯設計が破綻しているわけなので。会社もクビになってイタイかといえば勿論イタイがそこまでのショックではない。でもハローワークにこの春にちょっといってみたら5年前よりさらに殺気だっているから、やっぱりちょっとコワいかもしれない。それはさておき、気軽に引越しをして住みたい街に移住して、その後に仕事をひろうこともできる身分ではある。とはいえ部屋を借りるとなると職業を聞かれ、就職活動をすると住所を聞かれるのでタマゴ・ニワトリ論争状態にはなるのだが。

  そこで雪が積ってクマが出る北海道にいってホタテくって、ホッケ食って、ニシンくってと思いたった。当時別居中だった(最初から別居してたわけだが)ヨメハンに移住して一度同居などしてみようかというとよいという。降り積った雪に足跡をつけるというのをどうしてもやってみたいということであった。

ユーカラのはなし

  かくして思いつきに端を発した海外移住はあっさりかない、はれて道民とはなった。北海道といえば、アイヌモシリ、アイヌの大地である。アイヌだけではなく、ニブヒとかウィルタとか様々のいわゆる北方民族の地である。とはいえ、街でごろごろというわけにはいかず、絶対数において少数であるということと強烈な差別のためか、博物館か集会か、観光客用の見せ物でもなければ、民族衣装や道具の類におめにかかることもない。

  と思いきや札幌市北区役所に住民登録をし、諸手続きをして付近の北二十四条市街地を歩いていると突如「ユーカラ」と大書してある。それはやや大きなゲームセンターの入り口で、かなり大きなしかしやや退色した幟である。幟には微笑む松田聖子さんの顔がアップである。

  さすが北海道、この地では松田聖子さんでさえ、Don't kiss me ,baby なぞとは歌わずにアイヌの英雄カンナカムイの物語かなんかを朗誦するようである。さすがは「地方の時代」ふるさと創成資金も無駄ではなかった。一億円便所にはすこしあきれたものではあるが。この一億円便所というのは、竹下内閣のおり、ふるさと創成資金と称し全国町村に一億円づつバラまいたのだが、北海道のいくつかの町村では、この金で自動演奏ピアノつきの豪華大理石でできた公衆便所を国道沿いにつくったのである。またしかに豪華ではあるのだが。

  ところで当の「ユーカラ」であるが、例の幟の下のほうに「有線カラオケシステム」云々と書いてあった。

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2002/9/9