autobiography # 019 人形アニメ『くるみ割り人形』のこと

 アニメオタクというほどのことはないが、わたくしの小学校時代に『宇宙戦艦ヤマト』がえらくヒットし、中学生のころ『機動戦士ガンダム』というやつがあたった。そんなわけでアニメというやつがおおかれ少なかれ、わたしの世代には刻印されていて、日常のそれこれの機会に顔を出す。

 例えば、数年前少女たちのあいだにスーパールーズソックスというやつが流行したおりには、街角でこれによって武装した彼女たち逞しい脚部が視界にはいるたびモビルスーツザクをイメージしてしまい視線が硬直してしまった。かようなものを凝視してはイヤラしいおじさんそのものなので、ついつい目を他にやってしまうわけだが、それはそれで小心さまるだしなのであった。

 ところでかなり多くのアニメというのはセル画を背景画の上に乗っけて写真にとったりするわけだけれど、人形アニメとか影絵アニメというのもあってこれは影絵なり、人形でシーンを作っては写真を撮りこれを繰り返してアニメートする。一秒間に24コマとか30コマくらいの絵が必要なのですこしばかり手間である。この手のアニメは実はNHKがおとくいで『おとぎのへや』とか『みんなのうた』なんかでさりげなく手間のカタマリを流していたりする。

 人形アニメには川本喜八郎という大家がいて1976には『道成寺』という人形アニメを発表して好評を博していたのだが何せ手のかかることで作品の長さは19分である。ところが実写ドキュメンタリー風劇映画『キタキツネ物語』でひとやま当てて調子に乗っていたサンリオは、なんと人形アニメで90分ものをやるという。1979年である。それもロードショウ封切りでやるという。もの凄い時代になったものだ。ネタはE.T.A.ホフマンで『くるみ割り人形』である。バレエ用に書き直されたやつではなくファンタジーというよりほとんど怪異譚というべきシロモノの『くるみ割り人形とねずみの王様』をやるのだそうである。音楽は寺山修司と天井桟敷で、声の出演は杉田かおる、益田喜頓、西村晃、大橋巨泉、志垣太郎、藤村俊二、坂上二郎、玉置宏、牧伸二とそうそうたるメンバーである。いったいいくら予算を組んだのかよくわからない。さすが天下のサンリオである。キティちゃんおそるべし。

『くるみ割り人形』のシーン。街をさまようクララ。 『くるみ割り人形』のシーン。前はクララ、後はドロッセルマイヤー。

 ところが映画の配給はなぜか日活であった。もはや小林旭や石原裕次郎であたりまくっていた日活ではなく日活ロマンポルノシリーズでようやく延命していた日活である。和歌山にたった一館あった日活上映館はとうに大蔵映画、新東宝などのポルノものとあわせ官能映画三本立てで興業していた。当然そのてのデカい看板がどんと天にのぼり、周囲の電柱や工事中の壁にはベニヤ板に張られたポルノ映画のポスターがあの一種独特の雰囲気をかもしだしていた。御婦人と子供は近寄ってはならぬというあの雰囲気である。さて、今週の上映はサンリオ人形アニメ『くるみ割り人形』だが、先週は『濡れて泣く』『少女悦楽地獄』で次回上映は『女教師 愛のレッスン』『痴漢電車おさわりナントカ』とまあこんなかんじである。

 入口にならんだポスターが一種異様な光景をつくっていた。しかしゼイタクはいってられない。日活配給館はそこ一館である。中学2年生のわたしとしては渾身の気迫と周囲に知り合いや補導員がいないか細心の注意で入館した。まあ、補導員のほうはべつに問題ないともいえるのだが。そんなわけでか、人形アニメというやつが和歌山の風土と相性が悪かったのか、館内はガラガラだった。床はまっくろでヌルヌルしており場内販売の婆さんにはまるでやる気が感じられなかった。地方のヒナびた映画館のおもむきは十分にあじわえたが、その後二度と大物人形アニメはつくられることなく、10年くらいしてから『ストリートオブクロコダイル』がさらに数年のちには『ナイトメアビフォアクリスマス』が流行ったけれど前者はイギリス映画で後者はアメリカ映画である。

 さて当の映画だが映像としてはとてもよい、ただ、11pmや当時流行の芸能人を使った悪ふざけシーンとか、森下洋子のバレエシーンとか話題性を高めるための蛇足シーンが長過ぎるきらいがあるがまあよろしい。もうちょっとしぼりこんでもいいような気もするが。ストーリーのほうは原作のオドロオドロしさは弱くなっており、幻想世界と現実世界の距離が遠くなってしまっているのだがそれがわかったのは後年国書刊行会から出版されたのを読んでからのことである。

 閑古鳥鳴くうらぶれたポルノ映画館ではじめての長編人形アニメにえらく感動して、おもてに出ると雑踏である。黄昏がやたらに黄色い。ふりかえるとそこには次週上映の広告ポスターがあった。なんだかとても哀しかった。

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 2002/7/14