近頃、臨床の現場では、「彼氏依存症」の若い女性が増加しているのだそうである。彼氏依存症というのは、次のような症状である。“最初はそれほど好きじゃなかったはずが、だんだんハマってしまい、強烈に好き、というのとは違うけれども、いっしょにいるのが当然になってほかの人にはだんだん会わなくなってしまう。ところがその恋人も若い男性なので、一度 "獲物" を手に入れてしまうと、また遊び心がムクムクとあらわれ、そのうち誘われて合コンに行ったりほかの女友だちと飲みに出かけたり、浮気とは言えないくらいの浮気をするようになる。それが発覚すると彼女は嫉妬の鬼となって苦しみ、「なんでもするから捨てないで」と彼にすがる。そこで彼に精神的服従を誓ってしまう”ということである。これはこれで世の中には服従の喜びとか奴隷の悦楽とか、「いいじゃないの幸せならば」ということもあるので好きでやってる分には全然構わない。しかし、
もちろん、それでお互い幸せなら別にかまわないのですが、問題はそのあと。「彼がご主人さま。彼なしでは何にもできない。」というくらい心理的余裕がなくなっている状態というのは、それだけ強く依存していることでもある。だれかに限りなく依存すると、自分の中にあるネガティブな感情の防波堤も簡単にこわれてしまいます。たとえば赤ん坊は母親に甘えもするけれど、時どきわけもなく暴れたりイライラをぶつけたりもする。それも、母親に対してすべての感情をたれ流しにするほど依存しているからです。
だれもがすぐ想像できるように、最初は「あなたなしではもう生きられない」と言っていた彼女は、そのうちちょっとしたことでいわゆる"キレる"状態となって、ふだん見せないような怒りやののしりを彼にぶつけるようになります。何も理由はなくても、彼の顔を見ているだけで何か因縁をつけなければ気がすまないような気分になるのです。かといって離れていることもできない。それはそれで「今ごろどこかに遊びに行ってるんじゃないか」「私のことなんて捨てようとしているのでは」と絶えず気になる。それくらいならそばにいて、「どうしてわかってくれないのよ」「あなたなんて私のこと、どうでもいいと思っているんでしょう」と感情をぶつけた方がまだいい、と思ってしまいます。彼だって人間ですから、まとわりついてきてはあれこれ文句をいう彼女に対して腹が立ち、そのうちどちらかが手を出してしまうこともしばしば。
「こんな生活じゃお互いダメになるだけだし、もう疲れてしまいました」昔ながらの情の深い男女ならとかく、とてもそういう関係にはなりそうもないファッショナブルな若い女性がそうため息をつく姿を、私は最近、何度も見てきました。どうして自分の力で好きなことができる能力にも環境にも恵まれている彼女たちなのに、あえてひとりの男性にそこまで依存しようとしてしまうのか。
香山リカ「彼氏依存症」の女性たち (SFマガジン2003年2月号より)
とまあ、ベタボレ娘はそのまま、顔を見るなり無理難題を吹っかけてくる因縁姐ちゃんと化してしまうのだそうである。ようするに何でもいいから構ってもらいたいといったところであろう。実害が少なければ「可愛い」ですむかもしれないけれども、これがついでにノリやすいタイプの人だったりすると自分自身を悲劇のヒロインかなんかと同一視(摂取)したりしてしまうので要注意である。では白馬の王子さまのほうはといえば、得てして、この彼氏というやつが岡目八目でみてやるとツマンナイ男だったりもする。身近にそういう人でもいればついつい「あいつだけは、ヤメトケ。ほかにイイおとこはたんといるから。」なんぞと教えてやりたいのも人情である。けれど、うっかり心配などしてやったりすると「みんなあの人のことを悪くいうけれど、わたしだけがあのひとの良さがわかるの」なぞといいだすおそれもある。そういう例をいっぱい見たような気もする。しかし、才女ほど男に関してはハズレをひくというのもそれはそれでよくあるパターンということにもなっている。
2003/1/9