ayya # 069 昭和43年10月のお茶

 そろそろお孫さんをもたれるような中年婦人層から、お嫁に行く若い婦人層にいたるまで、おしなべて手順の悪さ、先の読みの浅いのに首をかしげたくなることが多いのは、どうしたことでしょう。

 「ちょっとビールを持ってきてください」と頼むと、一直線に冷蔵庫のとびらを開けてビールを出しにかかります。コップ、せん抜き、外気にあたったビンの水滴をふくふきんなど、全部が後手後手となって、一本のビールでてんてこまい。まったく目もあてられません。

 最初の手順のくるいで、ビールを飲む人が不愉快になりかねません。

 「お茶をいれてください」「紅茶をお願いします。」--いきなりお茶のカンに手がかかります。お湯は大丈夫ですか?「魔法ビンにはいっています。」魔法ビンに入れたものは時間がたっても冷めないとのコマーシャルを信じきってか、朝のお湯を昼になっても平気で使おうとします。もちろん茶わん、茶たく、運び盆などは後手後手で、お茶一ついれるにも順がまちまちです。

 お茶という声がかかったら、最初にお湯のことを考えてください。お湯のわく間にきゅうす、お茶の葉、茶わん、茶たく、お盆をそろえ、お盆の中に茶たくを置き合わせておきましょう。お湯がわいたら、きゅうすを暖め、湯ざましをかけている間に各々の茶わんを暖め、お茶の葉をきゅうすに入れて湯をいれましょう。

 茶わんに1、2、3、4、5と順にお茶を注ぎ、5、4、3、2、1と戻ります。最後の一滴まで完全につぎます。茶たくに茶わんをのせたままお茶をついで、こぼしたお茶をふき直したり、お茶の濃い薄いを作ることのないように注意いたしましょう。

別冊NHKきょうの料理「きょうの料理が伝えてきた昭和のおかず」より、「台所の手順」辰巳浜子昭和43年10〜11月

 元記事は1968年のものとて、35年前のものである。まあ、おばはんの愚痴・お叱言といえばそうもいえそうである。魔法瓶は当時は電源なしの真空保温器であった。あれは電源コードがないので設置場所を選ばないというメリットがあったが、時間がたてばだんだん冷めるという欠点もあった。いまならば、さしずめポットのお湯は充分な量がありますか?といったところであろう。

 辰巳浜子さんの台所事情として、お茶をいれるのは御婦人の仕事で、どなたか旦那、父母ないしは子供などの依頼によって全員のぶんのお茶を準備する、というシチュエーションが想定されているようである。当時そういう家庭に一般性があったかというと、それなりにはあったのであろう。この時期、わたしは幼少であったが記憶ではたいていの家庭では誰であれ、お茶を飲みたいと思ったひとがいれるというのが常識であった。よって想定外の家庭もそれなりにあったのだろう。

 それはそうとお茶のいれかたに一続きのプロトコルあるいは手順があり、それを実践的な知識として体得していることが教養である、という理解があり、そういう教養あるいは文化を持たぬ人をみるにつけ嘆かわしくお思いのようである。しかし、これはべつに「最近」そうなった、というわけではないだろう。同種の「近頃のひとは」という嘆きには普遍性がある。われわれ1960年代生まれというのは、近頃の子供はナイフで鉛筆も削れない、と嘆かれ、無気力・無関心・無感動の三拍子と嘆かれ、新人類は理解不能だといわれ、そのたび近頃の子供・青年なものですみませんと謝ってきたものだ。しかし、いつのまにやら中年と呼ばれはじめるにいたってこんどは近頃の若者はよくわからんだの、ガキくさいだの、ものを知らないだのという立場になっている。

 とはいえ、段取りの悪い人というのは常にあって、全体局面を把握せずに思いつきの順にものごとをおこなおうとするので非常に無駄な手間と待ち時間が多くなっている。これが他人のことであれば、モタモタしたって勝手にやってくれればいいんだが、作業の相棒がこの手合だとナンギすることになる。もっと厄介なのはこの手のボスをもってしまった場合である。

 こうなるといわば、夏休みの宿題を8月31日になってから出されるようなもので万事が最初から後手後手のうえに締切はいつも直前である。早うからいっておいてくれれば、いろんな方法もあったものをスグにというものだからいきおいやっつけ仕事になる。しかも死ぬ思いでやっつけ仕事をどうやら済ませたら、それはそれでボスの指示がそのタイミングでよかったという経験を与えることになる。だが、うまくいかないとこれはこっちの責任になってしまう。とまあ、子分はボヤくことになっている。

 こういう種類の段取りの駄目な人というのはいつの世にもいるものだなあと感心してしまったわけなんだが、さらに厄介なことは私自身がその手合である、という事実である。コーヒーをいれようとして、豆を挽いたはいいが、ペーパーフィルターがどこへいったかわからない。やっと探しだしたらポットが空。しくしく。

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2003/2/8