シャルル・ペローの童話集に長靴をはいた猫というのがある。これを東映がアニメ映画にしたものだから、わたしは映画のほうは見たが本のほうは読んではいなかった。さて、とある古本屋で澁澤龍彦の訳になる河出文庫版をみつけた。
ストーリーは、こうである。
粉ひきが死んで、その財産を三人の息子がわける。財産は粉挽き小屋とロバと猫だけだったので長男が粉挽き小屋を次男はロバを三男は猫を相続する。三男は自分の分け前の少なさを嘆くが、猫は三男に自分に袋と長靴を与えれば、自分の価値に気づくだろうと告げる。袋と長靴をもらった猫は頓知でこの道具を活用しては兎や鷓鴣(しゃこ・ヨーロッパヤマウズラ)を捕えては王様に「カラバ侯爵」からの贈り物であるとつげて献上する。
ある日、王様が川辺で遊んでいることを察知した猫は三男を裸にして川の中にいれ、王様のところにいって「カラバ侯爵が泥棒にみぐるみはがれた」からと救援をもとめる。王様は気の毒な「カラバ侯爵」のために衣服を与える。その美男ぶりにお姫様は人目ぼれで恋に落ちる。
猫は王様とカラバ侯爵との馬車での散策を企画する。その土地は実際は人食鬼の領地なのだが、土地の農民を脅して王様が誰の土地かをたずねたら「カラバ侯爵の領地」であるといわせる。最後に人食鬼の城に到着する一行。猫は一足さきに人食鬼に面会し、その変身能力をみせてもらう。まずはライオンに化けてもらい、驚く。つぎに二十日鼠にばけてもらう。かくて二十日鼠に変身した途端、それを喰ってしまう猫。
うまうまと人食鬼の領地をせしめ、お姫様をものにし、王家のあととりにおさまる三男であった。
こうしてみるとこの王様はしゃこだのうさぎだのをもった猫にあっさり謁見して、それをもらって喜び、他者の領地に散歩にいくところからいって、王様といってもそれほど大きい領土をもつ王ではなさそうである。せいぜい封建諸侯のなかの小王国といったところであろう。馬にでものれば半日で王国の端から端までいけそうである。
ひとのいい人食鬼だの王様だのを騙してその領土を横取りしていて、エゲツないが、シャルル・ペローというひとはルイ14世時代の弁護士でようするに貴族さん。このルイ14世というおひとはファルツに相続問題が発生すれば軍を派遣して継承権を主張、フランドルに相続問題が出ると継承権を主張して出兵、スペインに相続問題が出るとやはり継承権を主張して出兵、である。およびでないやつがヒョコヒョコでてきてひとさまの封土をあっさりぶんどってしまうなんてことはそうめずらしいことでもなかったようである。
そのさい、ぶんどったほうは自身の正当性を主張するから、ぶんどられたほうは人食鬼のロクでもないやつだったことになる。ここらへんは中国の王朝交代で夏の桀王とか殷の紂王とか王朝の最後の王は必然的に不徳の暴君で新王朝のほうは有徳の君主ということになるのとパラレルである。 徳川幕府が状況に対応できない優柔不断、形式主義に凝り固まった体制で、科学技術の点でも経済体制の点でも政治体制の点でも明治維新が日本の夜明けであるかのごとき宣伝を明治政府がしなければならなかったのと事情は似ている。
ところで、このはなしにはペロー自身による教訓が付記されていておもしろい。
教訓
父から子へと受け継がれる
ゆたかな遺産をあてにすることも
大きな利益にはちがいないが
一般に、若い人たちにとっては
知恵があったり、世渡り上手であったりする方が
もらった財産より、ずっと値打ちのあるものです。
もう一つの教訓
粉ひきの息子が、こんなに早く
お姫様の心をつかんでしまって、
ほれぼれとした目でみられるようになったのは
服装や、顔立ちや、それに若さが愛情を目ざめさせたからであって、
こういったものも、なかなか馬鹿にはならないものなのです。
『長靴をはいた猫』シャルルペロー 著澁澤龍彦 訳
2003/4/30