autobiography # 034 女性差別に荷担した日

  小学生のころである。県立武道舘の柔道教室というやつにいくことになった。ちっとも戸外に遊びにいかず本ばかり読んでいるせいで天罰テキ面体力のない少年だったわたしを母が心配したせいである。さて、柔道というのは気合いとコンジョウであるよりは科学的メソッドの部分が大きいせいもあってそれなりに面白く練習などしていたのだが、そこはダメなガキのこととてついついやる気のないダンスみたいな打ち込みをしているところを指導者にみつかったのである。 彼はマジメな指導者であるから、そういう柔道遊びを許すわけがない。烈火のごとくお怒りになった。

  「さたにと三角、おまえら最後にやれ!」

  これが彼のくだした罰である。どういうことかというと県立武道舘には少数ながら女子の練習生もきていて、彼女たちはどういうわけか、受身も打ち込みも技の指導も順番がいちばん最後なのである。小学生なのだから、実際のところマゼコゼでやってもどうってことないのだが、男女11歳にして、稽古を同じうしないのであった。で、罰をくったわたしと相棒は一番最後というわけである。 そこは子供のことであるから、素直に反省しマジメに打ち込みをしているとどうやら許す気になったらしく、また声がかかった。

  「どうだ、女のアトに回されてクヤしかったか?」
と先生。
「ハイ、すいませんでした」
と三角くん。

  ちょっと待て。女のアトに回されてくやしいか、ってどういうことだよ。彼女たちマジメに稽古してるんだよ。すくなくとも練習中にふざけていたぼくらより冷遇されるいかなる理由も存在しないんだよ。それって学校でいけませんって習った「女子差別」ってやつじゃないの。となると憲法違反じゃないか。このままでは違憲少年になってしまう。叱られるのはしょうがないが、差別野郎の違憲少年であることを自ら認めるわけにはいかない。さて、困った。

  「…………」
「どうしたあ、クヤしくないのか」
「悔しい、とは思いません…」(小声)
「なにい!」
「悔しい、とは思いません…」(絶叫)
「後で正座してろ!!」
「ハイ!」

  というわけでクヨクヨ考えこんでしまったのだった。あのひとはわたしがどうしてわたしが困っているのか全然理解してないんだろうなあ、と思うとなんだか泣けてきた。

  「どうしたあ、クヤしいか」
「悔しい、とは思いません…」(小声)
「なにい!」
「悔しい、とは思いません…」(絶叫)
「後で正座してろ!!」
「ハイ!」

  事態はますます悪化する。先生は完璧にムキになっているのだった。
「どうしたあ、クヤしくないのか」
「悔しい、とは思いません…」(小声)
「なにい!」
「悔しい、とは思いません…」(絶叫)
「後で正座してろ!!」
「ハイ!」

  結局、この日は最後まで正座していたのだった。

  同じことが二度起ることを恐れたわたしは家で二度と武道舘にはいかない、と断言した。母はよほどの決意を見てとったのかあえて行けとは言わず、そのかわりべつの町道場に行くことになった。さて、恐る恐る、道場に行ったわたしはほっとした。男の子ばかりで女の子がいなかったのである。やれやれ、これで差別野郎の違憲少年になる心配もない。

  これは排除といってもっともオゾましい性質の思想である、という知識を得るのははるか後年のことである。

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2004/1/14