autobiography # 035 お肉コワい。

  アメリカの牛からBSEが出たせいで全国の牛丼チェーン店から牛丼が消えた。牛丼屋はしかたがないから豚丼を出している。というわけで豚丼を喰いに『なか卯』にいくこととした。『なか卯』は『吉野屋』なんかに比べてうどんもあるし、味がどぎつくないので学生のころからの贔屓である。といって所詮牛丼屋は牛丼屋。たいした差があるというわけではない。

  が、こんどは豚丼である。豚丼というと北海道では名物である。あちらこちらに豚丼自慢の食堂、喫茶・軽食店などがある。当方も北海道に来たばかりのころは何軒か回ったものである。この北海道名物の豚丼、ようするに豚カツ用豚肉の生姜焼を丼飯に盛ったもので、となると生姜焼汁とその御飯とのコンビネーションに妙技があろうものである。ところがどういうわけか大味である。塩っぱくて、甘くて、しつこくて、一膳喰い終わる頃には喰い飽きるシロモノばかりである。移住者にはなかなか辛い喰い物であった。

  しかし、全国チェーンの『なか卯』がやるとなれば、それなりのバランスのものをつくりそうな気がする。チープながらバランスのよいものというものはしばしばあって大企業はこれが得意だ。第一パンのマーラーカオとか、生協の100円バームクーヘンとか、山崎パンのミニマーラーカオとかけっこうご贔屓である。

  というわけでいってみました。はっきりいって悪くない。なんだ、牛丼よりウマいじゃないか。もうひとつゼイタクをして豚角煮丼を喰ってみる。これは比較的小振りの豚バラを醤油で煮た角煮一切れに水菜少々をもった丼にグレープフルーツ1/16くらいを添えてある。グレープフルーツの甘い香りもかぐわしく、脂身トロトロの角煮をいただくわけで結構な御馳走である。

  ところが御馳走はお値段も御馳走で550円なりである。佐藤水産で鮭・いくら親子丼(小)が640円であるから、その差90円である。これはついつい考えてしまう。ところで、豚丼は400円だからここから、150円はまあ、頑張ればというかんじもする。が、かてて、加えて90円となるとこれは240円である。山崎のミニマーラーカオ(5個入り)が買えるお値段である。ちょっととちょっとを合わせれば、それはもはやたくさんである、という証明だといえよう。

  しかし、肉も安くなったものである。子どものころは肉というとなんか高級品のイメージがあり、お祝いといえばすき焼と相場が決まっていた。オーストラリアからの冷凍牛肉の輸入がはじまったときには「おおう、これでもう毎日でも肉が喰えるぞぉ」と感激したものである。実際のところ牛肉というものは1kgあたり10kg以上の飼料穀物を必要とする。牧歌的な時代ならば、牧場の牧草なわけだが、いまや飼料穀物といえばトウモロコシに大豆である。ようするにこれを牛にせずにトウモロコシや大豆として喰ったほうが栄養価も高いわけで、それを牛にしてから喰うところがアッパーグレードなのである。

  現在、地球の穀物生産能力は100億の人口をも養いうるというが、これをたった10億しか養えなくしてしまうマジック、それが牛肉食である。もちろん極論である。実際のところ毎日のように牛肉を喰えるのはごく一部の先進国の人間と特権階級の人間だけである。もし人間が平等であれば毎日牛肉を喰うなどということは不可能というわけで、世界人口は現実には63億人あまりある。いかに特権階級の食品であるかが理解できるであろう。鶏肉の場合もうすこし効率がよく鶏肉1kgの生産に必要な飼料穀物は4kgという。これなら、25億人である。これまた極論である。

  ところで北海道には趣味のハンターがいてエゾシカなんかが、回ってきたりするのだが、野生シカにもBSEが出ているのだそうである。そこらへんにバラまいた肉骨粉があったのだろうか。だもんで恐れて御遠慮申しあげている度胸なしなのであった。さらにところで、北海道にはジンギスカンといって羊肉を喰う料理が人気がある。もともとは道産品だったのだが、いまやニュージーランドからの輸入である。しかし、BSEというやつはもともとが羊のスクレイピーである。これまたなんだかビビッてしまうダメなわたしであった。

  どうも中途半端な情報というのはタチが悪い。で結局問題あるのかないのかわかりやしない。とか思っていたら、こんどは鶏肉のほうもインフルエンザである。死亡率80%のインフルエンザなんてまるでMM88である。きっとつぎは豚肉も何かおこるにちがいない。これはきっと肉なんか喰ってんじゃねえぞという神のお怒りではなかろうか。

  などといいつつブラジル産鶏肉でスープなんか作っては美味しく頂いてしまう。どうせブラジルも時間の問題なんだろうな。

  さて、BSEさわぎのせいで『なか卯』がグレードアップしてうれしい、ということを書こうと思ったのだが、よく考えるとここ何年もの間『なか卯』に入るとついついうどんや親子丼のほうに浮気してしまいずっと牛丼を喰ってなかったことを思い出した。いったい牛丼ってどんな味だったっけ。


註1
MM88 小松左京『復活の日』参照

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2004/2/25