ayya #13 あたまのドーピング

イギリスの認知神経学者マグワイアの2000年の米国立科学アカデミー紀要への報告では、ロンドン市内のタクシー運転手の脳の一部が一般人に比べて膨らんでいるのだそうだ。しかも、職歴に相関して発達し、体積で3%、神経細胞に換算して実に20%も増植していたのだそうだ。[『記憶力を強くする〜最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』池谷裕二]

増植するのは海馬の歯状回の顆粒細胞で、これは記憶することに関して中心的な役割を果たすのだそうだ。それゆえ、記憶は鍛えれば鍛えるほど発達し、それは70歳を越えていてもやはり発達するのだそうだ。というわけで脳は使えば使うほどよくなるものらしい。

ただし、九九とか単純な記憶は10歳くらいまでで、理屈づけしたり、ストーリーのある記憶、ないしは自分自身の体験と連合した記憶でないと身につきにくいそうである。 したがって、「トシのせいか物事が覚えられない」とか、「もの忘れが激しくて」とかいうのは若いときにそれをものごとを覚えるのに費やしたエネルギーを忘却してしまい、覚えるための努力を払わない、ないしはものを考えない習慣が身についたせいであるのだということだ。これはイタいところを突く。

また、脳の働きを悪くする方法は各種あって、ストレスをかけるとか、なるべく使わないとか、覚えるべき対象から各種の意味、ストーリーを剥いでいって無意味化するとか、興味が湧かないようにしむけるなど各種しかたがある。薬物の使用も効果があって、脳でのアセチルコリンの分泌を抑制するようにすればよく、「カゼ薬」「下痢止め」「乗物酔止め」などが効果があり、アルコールも効果が高いとのこと。やはり忘れてしまいたいことやどうしようもない淋しさは酒に限るということですなあ。

逆に脳の働きを高めるには、対象に興味をもつ、普段から探究心を旺盛にしておく、エピソード記憶になるよう自分や人の物語のなかに位置付ける、他のものと連合させるなどがある。こっちにも薬物使用が効果があり、平凡にもカフェインだそうである。しかし、絶大な効果を発揮するのがなんと猛毒のサリンで、例の地下鉄事件のあと一命をとりとめた患者の中にはすでに忘れていたはずの遠い過去の記憶が鮮烈によみがえってくるという経験をした人が少なくなかったそうだ。以下引用。


本人は思いだそうとしていないのに、なぜか、つぎつぎと走馬燈のように 記憶がよみがえるのです。側頭葉を電気刺激して過去の記憶がよみがえっ たというペンフィールドの有名な研究に通じる現象です。しかし、サリン の効果はさらに惨絶で本人が思い出すことをやめようとしても、意図に反し、 つぎつぎと記憶が湧きあがってくるのです。もちろん、これは夜も昼も続き ます。当然寝つけるはずもありません。看病のために立ちあった看護婦は、 過去の記憶に苦しめられている患者たちをなだめるのに必死だったといいま す。


わたしには思い出しても冷汗がでるような恥ずかしい記憶がたくさんあるから、そんなのが当時の生々しさでガンガン再生されては、これは拷問だろうと思われる。そういえば、人は死ぬまえに一生の記憶をたどるとか、薬物乱用で記憶と現実の区別がつかなくなるとかそういうのは脳内のアセチルコリンがどぱっと出ているのかしらん。

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