ayya #27 代表と課税

  税金と選挙権については「普通選挙」がタテマエになっている現代ではもちろんわけて考えるのが正しいのだけれど、歴史的にはわかちがたく結びついていて、近代選挙制度は発足当初から納税額による制限と性別による制限とが当然ではあった。そのくせ、反国家の罪にとわれる場合には、この制限はない。

  さて、「代表なくして課税なし」を合言葉にイギリスによる印紙・茶への課税に反対して始まったアメリカ独立だが、その結果税金の額がどうなったかというと、州にもよるが植民地時代の一人当り43〜86セントが独立にともなって、2ドル17セント〜5ドル43セントとどの州でも5〜6倍になっていて実に高い「代表賃」である。(『世界の歴史21 アメリカとフランスの革命』)

  いっぽう選挙権のほうは、ペンシルヴァニアでは21歳以上の白人男子納税者および自由土地所有者の子息に認められ、ニューヨーク州では下院議員選挙権は40ポンドの自由土地所有者か毎年20シリング以上の借地料をもたらす土地の所有者、上院議員および州知事は100ポンドの自由土地所有者に制限され、マサチューセッツでは毎年3ポンド以上の収入のあがる不動産か60ポンド以上の財産所有、被選挙権は100ポンドの自由土地所有ないし200ポンドの課税対象となる財産の所有、上院の場合はそれぞれ300、600ポンド以上とハッキリ、キッパリ財産制限制度になっている。

  これはもっとも「自由」を主張した人々が自身は奴隷制大農園のオーナーだったりするわけで、自分が日頃抑圧を加えている貧民、不自由民をおそれてもいるわけである。そこで、やれ知識がたりないだの理性的でないだのとナンクセをつけてはかれらを主権から排除しようとする。同様に「民族」だとか「宗教宗派」だとか「居住地」「氏、素性」「職業」「身分」などなど社会が排除し迫害している人間集団に対してはその諸権利を制限ないし否定するのがま、パターンなわけで。つまりそれが排除ということである。
  その際に加えられる蔑視もパターンで「キタナい」「コワい」「ナマケものである」「昼から酒を飲んでばかり」「計画性がない」「犯罪者集団である」「約束を守らない」「時間にルーズ」「責任感がない」などなど、アフリカ系の人であろうとユダヤ系であろうと中国系、インド系、ロマ系みんなこのての偏見を加えられ、そうして困ったことに屡々それが証明されてしまう。排除と抑圧は人にそういう属性を付与するようである。むやみにヒドい目にあわされてはマジメにコツコツもやっちゃいられまい。

  排除という意味では選挙権というのはそれ自身以上にそれをもつことが社会の構成員として自他ともに認知される、もっといえば「ものの数」にいれられる目印であるところに意味がある。たとえ実際に投票に行くのはメンドーであっても、投票したい候補がいなくても。いっぽう納税義務のほうは古くから「やらずボッたくり」としても存在し、直接税については一種のステータスシンボルであったりもするからややこしい。

  もっとも市民革命以前は納税者には参政権はなく、為政者には納税義務がなかったりする。その意味ではこの二つを結びつけたことこそが近代であるともいえる。(フリダシへ戻る。)

  ともあれ、初めての「広域共和国」であるアメリカはそのいっぽうで、無産市民、被抑圧民衆をおそれ、彼らの意見が議会で多数派を占めたり、彼らから大統領が選ばれることがないようにさまざまの工夫をこらしている。大統領の選挙方法しかり、拒否権しかりであるが、それはまた別の機会に。

  6/05追記
  上で、選挙資格が「財産所有」となっている点には注意を要する。すなわち、直接税の納税額で制限されることが多い選挙権だが、それはあくまで財産をはかるモノサシであって決して国家に対する貢献だとか、コスト負担を意味しているわけではないということである。そもそも200年以上前の国家というのは末端の国民の捕捉率が高くなく、間接税への依存が高い。印紙税や茶税というかたちをイギリスが選んだのもそうするほうが集めやすいからでもある。であるので国家運営のコストという点では間接税を支払うものこそがそれを負担していたといえる。従って、いわゆるブルジョア階級は自分たちが政権をとる根拠としておしだした人権思想や社会契約思想が額面どおり展開することを同時に恐れてもいた、それゆえ本来的に無縁の税と選挙権が結びつけられたということになる。そして、まさに当の人権思想や社会契約思想はこの結びつきの欺瞞を白日のもとに暴露せずにはおかなかったということである。ただしこれが普通選挙運動となり、それが認められるにはさらに数十年から百年の時間を要している。

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2001/06/03,2001/06/05